「相手の話を聴くこととは?」
ボルノーと言う教育学者は、「対話への教育」という本の中で、「対話とは、もしかしたら自分の方が間違っているかもしれないという可能性を常に残して、相手の言うことを聴くことである。」と言っています。対話は相手の言う事を聴くことであり、それができる人に育てることが教育であると言っています。話を聴くことはなかなか難しいですが、その極意について、次の作品を聴いてください。
作者不明の詩 「聞いてください」
「私の話を聴いてください」と頼むと、あなたは助言を始めます。
私はそんなことを望んでいないのです。
「私の話を聴いてください」と頼むと、あなたはその理由について話し始めます。申し訳ないとは思いつつ、私は不愉快になってしまいます。
「私の話を聴いてください」と頼むと、あなたは何とかして私の悩みを解決しなければという気になります。おかしなことに、それは私の気持ちに反するのです。祈ることに慰めを見出す人がいるのは、その為でしょうか。
神は無言だからです。助言したり調整しようとしたりはしません。
神は聞くだけ、悩みの解決は自分に任せてくれます。
だから、あなたもどうか黙って私の話を聴いてください。
話をしたかったら、私が話し終わるまで、少しだけ待ってください。
そうすれば、私は必ずあなたの話に耳を傾けます。」