昨日の芸術鑑賞教室いかがだったでしょうか?直接芸術に触れるまたとない機会となりました。シアター2+1の団員の皆さんの熱量あふれる演技、楽器演奏あり、ローラースケート滑走あり、最近のネタありの演出で大いに楽しめたと思います。

 

さて今回はシェークスピアの喜劇『十二夜』でした。シェークスピアといえばこの『十二夜』をはじめ『真夏の夜の夢』や『じゃじゃ馬ならし』といた喜劇、そして『ロミオとジュリエット』や『リア王』といった悲劇が有名です。

 

演劇は悲劇と喜劇、大きくこの2つに分類できるといってもいいかもしれませんし、モチーフとしては悲哀、哀感を意味するペーソスとユーモアに大きく分類できるでしょう。昨日の『十二夜』も喜劇ですから随所に笑いを誘う滑稽さ、ユーモアが散りばめられていました。皆さんもゲラゲラ笑っていましたね。

 

でも劇を観ながら「喜劇」と「悲劇」は全く別物ではないのかも . . . とも思いました。確かに最後の最後には2組のカップルが無事結ばれることになり「めでたしめでたし」のフィナーレでしたが、それに至る前には兄セバスチャンの行方を探し少年に変装する妹ヴァイオラをめぐって、『ロミオとジュリエット』とまでは行かないまでもそれこそ実らない悲劇の恋物語の結末を迎えてもおかしくない展開がありました。悲劇と喜劇、案外その境界線は微妙かもしれません。そういえば『ヴェニスの商人』も喜劇に分類されますが、ある登場人物の側からは悲劇なのかもしれません。

 

そんな展開の中で一つのセリフが印象に残りました。それはオーシーノ、オリヴィアとの微妙な三角関係に悩むヴァイオラの「ああ、『時』よ、このもつれをほぐすのはお前、私じゃない。(O, Time, thou must untangle this, not l; It is too hard a knot, for me to untie.)」というセリフです。誰も幸せになれない絶望的な状況の中で「時が解決してくれる」というこの言葉は、諦めではなく、きっといいことがあると未来に希望をもち、しっかり前を向いて進んでいくヴァイオラの姿を象徴しているように感じました。自分の手にあまるような困難な状況の中でも諦めずに前を向いて進むこと、実はこれがハッピーエンドを生み出す力なのかなぁと思いました。

 

「何、お前そんな小難しいことを考えながら劇を見ていたのか」とお思いでしょうが、いえいえ、そんなことは決してございません。あまりの面白さに午前午後2回とも観てずっとゲラゲラ笑っていました、いやホント。