学校長のはなし『西の魔女が死んだ』@修了式
この修了式をもって今年度を締め括ります。この1年は皆さんにとってどんな一年でしたか?コロナ禍から少し脱出することができた感覚はあるかと思います。また学校行事も段々通常の形に戻ってきました。今日はこうして中1から高2まで一緒に集まることができています。
さて、今年度の締めくくりに一冊の本を紹介します。『西の魔女が死んだ』(梨木香歩 新潮社 1994年)という本なんですが、読んだことがありますか?今更感もありますが、ざっと紹介しましょう。
一人の中学生の女の子の物語です。主人公の女の子の名前は「まい」と言います。彼女は中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなり、ついに「学校には行かない」と宣言します。仕事で忙しいママはそんなまいを持て余して、パパに「扱いにくい子」とこぼします。まいはそれを聞いてとても傷ついてしまいます。結局ママはしばらく自分の母親、つまりまいのおばあちゃんのところへ預けることにします。
まいのおばあちゃんはイギリス人で、人里離れた山奥で自然に囲まれて暮らしています。理科の教師をしていたおじいちゃんは数年前に亡くなり、現在はひとり暮らし。まいは優しいおばあちゃんが大好きし、おばあちゃんもまいを歓迎してくれます。本のタイトルの「西の魔女」とはこのおばあちゃんのことです。魔女こと、大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けます。
「魔女の手ほどき」というと何かミステリアスな物語の展開かというとそんな物語ではありません。おばあちゃの言う「魔女修行」の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということなんです。喜びも希望も、もちろん幸せも……。何とも単純なことですが . . . まいは、そんなおばあちゃんと季節が初夏へと移り変わる一月あまり過ごします。
作者の梨木香歩さんは、空の様子や庭の折々の草花の変化に登場人物の心を重ねて筆を進めています。さて物語の後半はどう展開するのでしょうか?タイトルには「魔女が死んだ」とあるのですが、おばあちゃんはどうなるのでしょうか?まいは家や学校に帰るのでしょうか?色々興味がそそられますが、まぁそれはまたの機会にして今日はおばあちゃんの言う魔法とはどんなことかを紹介しましょう。それは「何でも自分で決めること」つまり「物事に耐える意思力」のことです。
一節を読んでみましょう。おばあちゃんがまいに語りかけるシーンです。
「魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。 . . . まいは、そんな簡単なことって言いますけど、そういう簡単なことが、まいにとっていちばん難しいことではないかしら。」まったくそのとおりなので、まいは唇をとんがらせて、不承不承うなずいた。(p.59)
「ねえ、おばあちゃん。意志の力って、後からでも強くできるものなの?生まれつき決まっているんじゃないの?」まいは聞いてみた。
「ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。少しずつ、長い時間をかけて、だんだんに強くしていけばね。. . . 最初は何にもかわらないように思います。そしてだんだん疑いの心や、怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出てきます。それに打ち勝って、ただ黙々と続けるのです。そうして、もう永久に何も変わらないじゃないかと思われるころ、ようやく、以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう。そしてまた、地道な努力を続ける、退屈な日々の連続で、また、ある日突然、今までの自分とは更に違う自分を見つけることになる、それの繰り返しです。」「わたしは、まいの意志の力が弱いと思ったことはありませんよ。」(PP.61-62)
こんな感じでおばあちゃんとまいの会話が続きました。魔法使いになるための秘訣、それは強い意志を持つことでした。そしてそれは誰にでも身につけられるもの、でも地味な努力が必要 . . . そこだけ取り上げれば何の変哲もないことかもしれませんが、梨木さんはこの当たり前とも取れることを見事にまいという女の子の成長物語の中に落とし込んで、読み手の心をしっかり掴んで離しません。
『西の魔女は死んだ』、精神鍛錬の本と思わないで、ぜひ純粋にストーリーを楽しんでいただければと思います。ちなみに映画にもなっているのでU-nextあたりでどうぞ。
引用
「その頃だって人はたくさんいましたからね。今ほどじゃありませんけど、もちろん。その頃、人々は皆、先祖から語り伝えられてきた知恵や知識を頼りに生活していたんです。身体を癒す草木に対する知識や、荒々しい自然と共存する知恵。予測される困難をかわしたり、耐え抜く力。そういうものを、昔の人は今の時代の人々よりはるかに豊富に持っていたんですよ。で、その中でもとりわけそういう知識に詳しい人たちが出てきました。人々はそういう人たちのところへ、医者を頼る患者のように、教祖の元へ集う信者のように、師の元へ教わりに行く生徒のように、訪ねて行ったのです。そのうちに、そういうある特殊な人たちの持っているものは、親から子へ、子から孫へ自然に伝えられるようになりました。知恵や知識だけでなく、ある特殊な能力もね。」「それはつまり . . . 」まいは、頭の中を整理しながらいった。「超能力?超能力が遺伝すること?」p.44
「スポーツをするのに体力が必要なように、魔法や奇跡を起こすのにも精神力が必要です。腕の力が全くなくては、ラケットやバットは振れないでしょう」
「精神力って根性みたいなもの?」「根性という言葉は、やみくもにがんばるって感じがしますね。おばあちゃんの言う精神力っていうのは、正しい方向をきちんとキャッチするアンテナをしっかり立てて、身体と心がそれをしっかり受けて止めるって感じですかね。」「ふうん」まいはわかったようなわからないような変な気持ちだった。p.57
「おばあちゃんの言うとおり、悪魔が本当にいるとして、そんな簡単なことで、悪魔が本当に防げるの?」「本当に、大丈夫。悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にとりつきませんよ。まいは、そんな簡単なことって言いますけど、そういう簡単なことが、まいにとっていちばん難しいことではないかしら。」まったくそのとおりなので、まいは唇をとんがらせて、不承不承うなずいた。
おばあちゃんは微笑んだ。「まいにとっていちばん価値のあるもの、欲しいものは、いちばん難しい試練を乗り越えたいと得られないものかもしれませんよ。まあ、だまされたと思って」まいも、このころにはもう覚悟ができてきた。「わかった。やってみる . . . ことにする」おばあちゃんはうれしそうににっこりと笑った。p59
「ねえ、おばあちゃん。意志の力って、後からでも強くできるものなの?生まれつき決まっているんじゃないの?」まいは聞いてみた。「ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。少しずつ、長い時間をかけて、だんだんに強くしていけばね。生まれつき、体力のあまりない人でも、そうやって体力をつけてくようにね。最初は何にもかわらないように思います。そしてだんだん疑いの心や、怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出てきます。それに打ち勝って、ただ黙々と続けるのです。そうして、もう永久に何も変わらないじゃないかと思われるころ、ようやく、以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう。そしてまた、地道な努力を続ける、退屈な日々の連続で、また、ある日突然、今までの自分とは更に違う自分を見つけることになる、それの繰り返しです。」
「わたしは、まいの意志の力が弱いと思ったことはありませんよ。」p.61-62