児童館で神さまについてお話をし、その後子どもたちと遊んでいました。すると、一人の子がわたしの腕に噛み付きました。痛くはありません。いわゆる甘噛み。ん?何だ?と思い観察していると、横目でこちらを盗み見ながら、少しずつ噛む力を強めていきます。問題:この子は一体何をしているのでしょうか?

 

 

確信を持てたあなた!正解かも知れません。わたしはピンと来ました。似たような経験を積んできたので、その子が何を求めているのか手に取るように分かります。彼は「わたしの愛情を試していた」のです。どのくらい強く噛んだらわたしが怒るのか?わたしがどこまで忍耐してくれるのか?…を観察しているのです。これは「愛されていることに確信が持てない子どもたち」特有の行動です。こうなったら根競べ。よ~し、肉が千切れるまで耐えて見せようではありませんか!そう覚悟を決めた瞬間、児童館の職員が「あなた、神父さまに何をしているの!」と叱りつけると、その子をわたしから引き離してしまったのです。ぁあ、残念!せめて、離れ際にわたしが送ったウィンクの意味を、彼が理解してくれていると良いのですが…。

 

ええ、何が言いたいかといえば、社会的に正しい、責任ある行為がいつも正解とは限らない…ということ。多少の逸脱があっても、受け止める側の覚悟次第では自己肯定感を得る機会に変わるということ。何を見ているかによって、同じ経験でも蓄積できるものが違ってくるということ。…いや、そこまでの話はしてないかな?