「壁のあるところには閉ざされた心がある。必要なのは壁ではなく橋である」
これは、ベルリンの壁崩壊から25年目にフランシスコ教皇が述べた言葉です。
サレジオ生であれば、
この言葉が何を言わんとしているのかは容易に理解できるでしょう。
では、考えて見ましょう。
自分は壁となろうか、橋となろうか。
壁となること、あるいは壁を築くことは割と簡単です。
諦めてしまえばいいのです。
人間関係を。
困難を乗り越えて行くことを。
愛することを。
…これは同時に愛されることをも諦めなければいけませんが、
なぁに、面倒なこと一切を金繰り捨てるためには、そのくらいは我慢しなければ…。
いやいや、どうやら壁を築く方はサレジオ生には向いていないようです。
では、橋を築く方はどうでしょう?
「おっ、なんかそっちの方がいいな」と感じていても、
「実際に何をどうしたらいいのか分からない」って人もいるのではないでしょうか。
そう、善意を形にするにはやはり練習と経験が必要ですから、
経験の少なければ戸惑いがあるのも当然のこと。
そこで今日は一例を挙げてヒントとしておきましょう。
実は、2月7日(日)にカトリック研究会がピアノ・チャリティーコンサートを行います。
え?カト研ってピアノも弾くのかって?ん~、まぁカト研単独では無理ですね。
ピアノ・コンサートは無理。
そこで、サレ生有志の「ピアノの会」の皆さんに演奏をお願いしたわけです。
ピアノの会では、コンサートをやりたくても集客や会場確保に困難があり。
カト研は自力でコンサートは開けない。
これら壁に当たって身動きができない両者の間にチョイと橋を架けることで、
一遍に問題は吹き飛び、新たな世界が開けます。
あなたは人と人とを結ぶだけ。
たったそれだけでどれだけの人々が幸せになれるか。…
考えたらわくわくして来ませんか?