おはようございます。今日から朝の話も始まります。今年もよろしくお願いします。
  

年度のはじめ . . . いろいろなことが新しかったり、変わったり . . . 怒涛の毎日の中では始業式などもはるか前のことに感じられるかもしれません。そんな変化に振り回されるときだからこそ、ふと立ち止まって自分の身の回りに起こることを振り返ることも大切です。
  

「一体あのことはどのような意味があったのか?」「あの経験の前と後では自分の中ではどんな変化があったのか?」ふと立ち止まって考え、後で読み返せる文字にしてみる。時間の移ろいの中でなんとなくの印象となってしまう「生の記憶」を、自分の言葉で表現し、結晶化させてみる。
  

皆さんは学校で何か行事があった後必ず「感想」を書くように求められますね。はっきり言って面倒臭いでしょう。でもその面倒臭いということが実は非常に負荷のかかる高度な精神活動であることを示しています。大学入試も知識の集積だけでなく「自分の成長を記録する技術」が大切な切り口になっていくことを知っているでしょうか。
  

中学生の皆さんは「生活記録」を書いていますね。ちょっとその日にあった出来事の感想を書いてみてください。結晶化された経験は時間という距離、記憶の劣化にも耐えうる宝物になるはずです。
 

そういえば、フィリピン語学研修に行ってまだ感想文を提出してない諸君がいるそうですね。そんな人の声が聞こえてきそうです。「え〜今更ですか。なんかあんまり覚えていないなぁ。」いいんです、時間という、ふるいにかけられた記憶こそが真の経験となりうるものかもしれません。ぜひ書いて榎本神父様に提出してください。
  

ドンボスコも生徒に勧めていました。「『経験』と題するノートを作りなさい。そこに自分が体験してきた問題点や失敗を記録するのです。」と。