2025年04月24日

映画『教皇選挙』(コンクラーベ)

映画『教皇選挙』(コンクラーベ)——愚かで、いとおしい人々の現実

 

最近『教皇選挙』という映画が上映されました。Robert Harrisによる小説(Conclave, Hutchinson, 2016.)が原作です。2024年に英国と米国で大ヒットし、アカデミー賞脚本部門に輝きました。ローマを本拠地とするカトリック教会では最高指導者の教皇が亡くなると、後継者を決める選挙を行います。教皇庁のシスティーナ礼拝堂の扉は外側から鍵をかけられ、百名以上の枢機卿が閉じ込められて投票を繰り返します。礼拝堂の内部には16世紀にミケランジェロが「最後の審判」の壁画を描きました。枢機卿とは教皇を補佐する顧問です。教皇庁内部に勤務する担当者と世界に散らばって地域ごとの教会活動の監督をする役目とに分かれて活躍します。教皇とは、イエス・キリストの一番弟子の聖ペトロの後継者であり、いまは266代目です。しかし映画では架空の登場人物たちが投票をめぐって、裏での話し合いを繰り返し、おたがいに票を奪い合う熾烈な闘いが描かれます。神が一切語られず、ひたすら誰が頂点に立つかを競い、相手を買収し、蹴落とすことの連続です。神に近づく努力をした果てに、あまりにも人間的な権力闘争をする駆け引きの状況に陥る枢機卿たちの姿は滑稽で愚か。まるで子どもの喧嘩のようで。「こんな人たちがキリスト教の重要な顧問なのは恥ずかしい、あきれた」、と私は心のなかで苦笑しました。枢機卿になったばかりの新入りの登場人物もおおよそ次にように述べました。「初めてこの選挙のためにローマに来たが、これで最後だ、もう二度と来ない」。まったく同感です。しかし一番過激で出しゃばりで可愛げのある、憎めない枢機卿には何らの落ち度もないという設定にも感心しました。スキャンダルが一切ないにもかかわらず、がさつな人間性がひどすぎて票を入れるわけにゆかない。でもイタリア気質の気さくで大らかで温かい態度が子どもや女性からは人気がありそうで、結構魅力的なのが困ります。愚かでも、いとおしい人間たち。天におられる神も苦笑ぎみ? 人間は面白い! 現実を活写しています。