皆さんは「伝染性の」という意味を持つ英語の言葉を知っていますね。Contagiousという形容詞です。この言葉を分解すると con(共に)とtangere / tact(「触れる」と言うラテン語由来の言葉)から成り立っています。まさに濃厚接触によって起こる感染症のことを視覚的に表している言葉だと思います。

 

さて今コロナウイルスの感染拡大を防ぐために私たち一人一人が感染しないように、また人を感染させないように気を付けることは言うまでもないことですが、同時にこの状況は知らず知らずに私たちの考え方に弊害をもたらし、それがあたかも心から心へと伝染し社会の中に蔓延しているような気がします。だからこそ自分にもあるその傾向に気づき、それと戦っていく必要があると思います。

 

この伝染病とは「恐れ」、そして「独りよがりの正義感」です。この「恐れ」と「独りよがりの正義感」は社会の中に分断を生み出します。自粛警察なんて言葉がネットで使われていますね。あれです。「恐れ」と「独りよがりの正義感」は私たちの心の深く奥底に入り込みずっとそこに巣食っているので、コロナウィルスが収束した後も、ふとしたことで「免疫力」が弱ったときまた表に現れる厄介者です。さてこのような分断を生み出す伝染病に打ち勝つ「ワクチン」は何でしょうか?

 

「恐れ」に対する「ワクチン」は「情報の精査」です。トイレットペーパーが品薄になるとどこからか伝わり人々がトイレットペーパーを買いに走ったということがありましたね。ネットの情報を鵜呑みにして結論に飛びつくのではなく、情報の出所を調べ、信頼に足りうるものかを吟味し、自分で考えることが大切です。「情報の精査」は「恐れ」への効果的なワクチンです。

 

「独りよがりの正義感」への「ワウチン」は寛容さです。電車の中で咳をした人に食ってかかったという報道がありました。「それはひどい」と思いながらも、隣にマスクをしないで咳をしている人がいたら、「マスクぐらいしろよ!」とつい心の中で毒づいてしまう自分がいます。私たちはつい怒って人を裁いてしまいます、特に自分がルールを守っている時に。

 

100%正しい自分」の「100%間違った相手」への怒りは何をしても許されると勘違いしてしまいます。これが独りよがりの正義感です。たとえ正しいことでもそれが怒りを伴い分断を生み出すのなら決して社会にはプラスにはなりません。

 

この「独りよがりの正義感」へのワクチンは「寛容さ」です。「お互い間違うこともあるけど一緒にやって行こうよ!」という寛容な気持ちこそが共同体の絆を深めていきます。そしてこの寛容さはイエス様の特徴でもあるのです。「独りよがりの正義感」へのワクチンは「寛容さ」です。

 

このようにウイルス感染に気を付けると共に、私たちの心を蝕む感染に気をつけ「情報の精査」と「寛容さ」を身につけるよう努力していきましょう!